小石川の坂道

白山の坂道

伊賀坂  御殿坂  鍋割坂  逸見坂  蓮華寺坂
2丁目住宅地の坂 2丁目1・25の間の坂 2丁目1・2の間の坂 2丁目4・5の間の坂 2丁目22・35の間の坂 2丁目31・32の間の坂
4丁目住宅地の坂 4丁目30・31の間の坂 4丁目31・32の間の坂 本念寺前の坂 4丁目35・36の間の坂 4丁目36・37の間の坂
ま・めいぞん(坂・グルメ)
 伊賀坂(白山2丁目)

指ヶ谷小学校前の伊賀坂。道の先には「防火」と書かれた提灯が下がっている
白山台から指ヶ谷に下る細い坂で、指ヶ谷小学校の正門前をくねりながら下りて行きます。坂下は白山通りです。
坂上からは西の住宅街への道と、北の蓮花寺坂の坂上への道に分かれます。
坂の名の由来は、伊賀同心衆の組屋敷があったという説と、真田伊賀守の屋敷があったという説があります。

伊賀坂下。手前に白山通りが通っている
 御殿坂(白山2丁目・3丁目の間)

坂上から。右に見える塀と樹木が、小石川植物園

歩道を拡幅する前の御殿坂・坂上(2011年1月撮影)
小石川植物園の正門の近くにある細い急坂です。植物園の東に沿って登ると、坂上は住宅地で、東洋大学付属の中学高等学校があります。
江戸初期、植物園の場所には白山神社がありました。
5代将軍・徳川綱吉が館林藩主の時に、ここに屋敷が造られ、白山御殿と呼ばれるようになりました。坂を上った左・白山4丁目1のパークハウス白山御殿町の敷地からは、白山御殿の遺構が発見されています。
白山御殿は、地名から小石川御殿とも呼ばれましたが、御殿坂の名はこれに由来します。

それより以前、御殿坂は大坂と呼ばれていました。江戸中期には坂上から富士山が望めたことから、富士見坂とも呼ばれたということです。
綱吉が将軍になると、白山御殿の屋敷地は幕府の薬草園となり、現在は東大付属の小石川植物園となっています。

小石川植物園の入口

坂下から。左側が小石川植物園

歩道拡幅前の坂下(2011年1月撮影)
 * 鍋割坂(白山3丁目)

震災記念碑から下りる急な坂。古地図を見ると、ここに鍋割坂があったのかもしれない
小石川植物園が徳川幕府の薬草園だった時代、園内を横切る道がありました。この道は鍋割坂と呼ばれていましたが、現在はありません。
この道は全体には平坦ですが、植物園内の白山台から小石川に下りる斜面が急坂となっています。坂上には樹木林、坂下には池が広がっています。

古地図に描かれた鍋割坂

池のこの辺りを鍋割坂が通っていたかも

スズカケノキ付近が鍋割坂上だった?


小石川養生所の井戸が残っている

当時と同じ薬草を栽培している薬園保存園
江戸時代、坂の上に小石川養生所があったことから、この坂は病人坂とも呼ばれました。
小石川養生所は、山本周五郎の小説「赤ひげ」の舞台としても知られていますが、現在は植物園内に井戸だけが残っています。

植物園にある世界一大きな花、
ショクダイオオコンニャク
植物園内には薬草園や標本園、樹木林、温室などがあり、世界でも珍しい植物が栽培されています。
 逸見坂(白山4丁目)

坂上から。白山台の白山御殿町から下る坂で、坂下は白山通り
小石川植物園の裏手、白山台から指ヶ谷に下る坂で、蓮花寺坂よりも北にあります。坂下は白山通りです。
かつて坂の上は白山御殿町と呼ばれ、江戸時代には旗本屋敷がありました。その中に逸見(へんみ)某という武家の屋敷があったことから、逸見坂と呼ばれるようになったと言われています。
 蓮華寺坂(白山2丁目・4丁目の間)

蓮華寺坂は、御殿坂上から白山台を北に降りる坂。坂下は白山通り
蓮華寺坂は、御殿坂から白山台を越えて、指ヶ谷に下る坂です。坂下には白山通りが通っています。
坂の南には蓮華寺がありますが、江戸時代には蓮花寺とも書かれ、蓮華寺坂あるいは蓮花寺坂と呼ばれていました。
これが坂の名の由来です。
坂上に徳川綱吉の屋敷、白山御殿の裏門があったことから、御殿裏門坂とも呼ばれました。
2丁目住宅地の坂(白山2丁目)
白山2丁目の南、白山台の裾は小高い丘になっていて小さな坂が集っています。
とりわけ西の裾は崖になっていて、途中からは家々の間の狭い路地や階段となっています。これらの多くは私道です。

2丁目1・25の間の坂

白山台の南東の裾。坂上は伊賀坂、坂下は白山通りです。

2丁目1・2の間の坂

白山台の南の裾を日立製作所の白山閣に沿って下りていきます。

坂上から坂下方向を見る

2丁目4・5の間の坂

白山台の西の裾。坂上は階段で路地に続きます。

2丁目22・35の間の坂

伊賀坂上から住宅街を白山の高台へと続いています。

2丁目31・32の間の坂

伊賀坂上から蓮花寺坂の坂上へと続いています。
4丁目住宅地の坂(白山4丁目)
小石川植物園の裏、かつての白山御殿町から白山通りへは、蓮花寺坂、逸見坂のほかにいくつかの坂があります。
どれも住宅街の小さな坂ですが、江戸末期の古地図にもある道です。
これらの坂の途中にある本念寺には、江戸後期の狂歌師・戯作者、大田南畝の墓があります。

4丁目30・31の間の坂

蓮花寺坂のすぐ北にある狭い坂です。

4丁目31・32の間の坂

逸見坂のすぐ南にある坂です。

本念寺前の坂

4丁目34と35の間の坂です。坂下は白山通りになります。

本念寺前の坂の上にある階段

大田南畝の墓のある本念寺

4丁目35・36の間の坂

本念寺前の坂の北にある狭い急坂です。

4丁目36・37の間の坂

寂圓寺の南にある坂です。
(文・構成) 七会静
ま・めいぞん(坂・グルメ)

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